ゲスト
JRA初女性調教師 前川 恭子さん 栗東・前川恭子厩舎

01. JRA初の女性調教師として3月5日開業。やることが多くて、ワクワクも不安も感じる暇もないです

JRA初の女性調教師として3月5日開業。やることが多くて、ワクワクも不安も感じる暇もないです
細江純子さんをインタビュアーに迎えてお届けする『イケメンホースたち〜担当者が思う愛馬の素顔〜』。今回のゲストは、JRA初の女性調教師として3月5日に開業した前川恭子さんです。厩舎を構えるまでにいたった経緯とは? 開業へ向けての心境などもお聞きしました。

JRA初の女性調教師

細江JRA初の女性調教師として、3月5日の開業日が近づいいますが、今の心境はいかがですか?

前川もう、どうしましょうって感じです(笑)。用具をそろえたり、どの馬から入厩させるか考えたりと、やることが多くて寝る間もないくらいで。ワクワクも不安も感じる暇もないです。

細江1日がアッと言う間に過ぎちゃいますね。今、着ているのが厩舎のブルゾンですか? キレイなブルーですね。

前川幸運を呼ぶコマドリの卵の色と言われている、ティファニーブルーなんです。胸のロゴは恭子の「K」で、中に「All is well」って書いてあります。

細江なにか、由来があるんですか?

前川インド映画の『きっと、うまくいく』が大好きなんです。その主人公が、いつも言うセリフです。「すべて、うまくいく」って。それと、「うまく」と「馬」をかけてみました(笑)。

細江ステキ。思いが詰まっていますね~。ところで、調教師試験は何度目での合格でしたか?

前川5回目です。

細江責任重い仕事ですが、目指そうと思ったきっかけは?

前川タイミングとしては2回ありました。最初は大学卒業後の進路を決める時です。わたし、就職活動中にJRAも受けたんですよ。

細江そうなんですか!?

前川馬事文化の普及をしたいと思って…ダメでしたけど(笑)。その頃は、競馬のことは、ぜんぜん知りませんでした。JRAに落ちたので、北海道の牧場で働くことにして、その後、厩務員として栗東トレセンで働き始めました。

細江その当時の競馬界はどうでした?

前川厩舎経営は大変な時代でした。調教師になれば、責任を持って馬に関われるし、結果次第ではいい余生を送ることにも貢献できる。そう思っていたんですが、現状をみると「これは大変だ」と思いました。

家事、子育てとの両立

細江で、夢はいったん保留となったんですね。2回目の機会は?

前川そのままトレセンで働いて、15年ほどたった時です。所属厩舎の﨑山博樹先生が亡くなる数年前でしょうか。15年もしたら、自分の担当馬に「もっと、こうしてあげたい」ってことが増えてきますよね?

細江一番、馬と長く過ごす立場ですもん。それは、感じますよね。

前川調教師に全部の権限があるわけではないけど、助手や厩務員には、もっとない。それなら、調教師になれば? 自分の希望する馬作りが、より多くの馬でできるんだって。そう考えて、覚悟を決めました。

細江ただ、お子さんがいらっしゃいますよね? 時間のやり繰りが…。

前川厩舎仕事って昼休みが長いから、その時間を利用して子供の学校の役員などはできました。でも、早朝からの仕事なので、学校に送り出すのは難しいんです。家事もありますしね。そこで、実家の母を頼ることにしました。

細江ご実家って千葉県でしたよね? そこから、お母さんが栗東に移ってきてくださったんですね。

前川はい。もともと、子供が小さい頃にもきてくれていたんです。中学校に上がるまでということで。約束通り、小学校卒業後に母は実家に戻りました。ところが、その後すぐに父が亡くなってしまったんです。

細江そんな…。ご両親ともに、これからは夫婦でゆっくり過ごせると思った矢先なのに。

前川まさか、こんなに早く亡くなるなんて思いませんでした。本当に申し訳ないというか…後悔はあります。

細江ご両親の力は偉大ですね。あの当時もそうですが、物理的に女性厩務員が出産しての復帰は難しいところも。

前川それで、辞めちゃう人がたくさんいまいたよね。いまは、出産後に復帰する人はいますが、家のことも、子供のこともこなすのは、大変だろうなと思います。

細江お母さんは、その後はどうなさったんですか?

前川栗東に戻ってきました。だから、試験勉強中も母に支えてもらいましたね。それは、今も変わらないです。

ウエスタンダンサーを担当

細江調教師試験の勉強はどうでしたか?

前川40歳を過ぎていましたし、暗記が苦手なので、なかなか覚えられなくて。法規なんて呪文のようでした(笑)。

細江その間も、調教助手さんとしての仕事もあるんですもんね。担当されていた馬の1頭に、京阪杯を制したウエスタンダンサーがいますが。

前川ダンサーは歩様が良くなくて、デビューできないかもと言われていいました。脚元に問題はなかったんですが、とにかく歩様が悪い。獣医さんに見てもらっても「なんでだろう?」って。

細江原因は分からない?

前川その時は、そうです。今、思えばですが、関節や筋肉など問題があったんでしょうね。目には見えない、馬体を触っても分からない範囲に不調の原因があったので、試行錯誤の日々でした。

細江大柄な馬だし、レースを使うごとのケアにも気を使いますね。

前川できることは、何でもしました。すごいエンジンを積んでいるのに、ボディにガタがきやすという…。

細江その状態で引退まで30戦もして、重賞を制覇したのはスゴイです。そのウエスタンダンサーの、今年デビューの子が前川厩舎に入るんですよね。

前川牧場に見に行ったんですが、可愛いですね~。女の子なんですが、お母さんには、あまり似ていないですね(笑)。ダンサーは大きくて、ムキっとしていて、いかにも短距離馬という馬体でした。父のサトノダイヤモンドに似たのか、スラッとしてます。性格は控え目みたいですね。すごく、楽しみです。

(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。

※この記事は 2025年3月6日 に公開されました。
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