ゲスト
トゥードジボン号担当 井本 貴典さん 栗東・四位洋文厩舎

01. コンスタントに使われながら気持ちが途切れず重賞勝ち、本当に偉い馬です

コンスタントに使われながら気持ちが途切れず重賞勝ち、本当に偉い馬です
細江純子さんをインタビュアーに迎えてお届けする『イケメンホースたち〜担当者が思う愛馬の素顔〜』。第3回目のゲストは、関屋記念で重賞初制覇を飾ったトゥードジボンを担当する井本貴典さんです。

トゥードジボンの印象は?

細江井本さんは四位洋文厩舎の持ち乗り助手さんとして、関屋記念を制したトゥードジボンの担当をなさっています。トゥードジボンはデビュー前からの担当ですよね。出会った時は、どんな印象を受けました?

井本検疫厩舎に見に行ったんですが、本当にいい馬体をしていました。それに、目に力があるし、いい顔をしているな〜って。

細江気性面はいかがです?

井本人にチョッカイかけたり子供っぽいところはありました。調教帰りに暴れる馬を見かけると、一緒になって跳ねてみたり。

細江若駒って体が柔らかいから、そうなったら大変でしょう?

井本トゥードジボンにも、周囲の馬にも怪我をさせるわけにはいかないので気をつけました。でも、素直な性格なので乗り手の指示には従順なんです。育成牧場さんで大切に、しっかり教育されてきたんだなと感じました。

細江デビュー戦に向けての調整はいかがでした?

井本4月にゲート試験に合格して、そのまま在厩で調整していました。初めて本格的に坂路で走った時、動きがすごく良くて。「これは、走るんじゃ」と思ったのを覚えています。また、当時はまだジョッキーだった福永(祐一)さんが新馬前に2週連続で乗ってくれましたし、期待して臨んだデビュー戦でした。

細江その新馬戦ですが、道中でハミを噛んでしまいましたが、直線では外から鋭く脚を伸ばしての3着でした。

井本普段の調教では掛かったりしないし、本当に操作性のいい馬なんです。それが、競馬に行ってのギャップがあったというか…。でも、福永さんは競馬を教える意味で、行きたがるのを我慢させてくれたようです。それでも、最後に伸びたんですから、悪い内容ではなかったと思います。

細江この時の勝ったのはセリフォス。そういえば、2戦目(12着)の未勝利戦の1着馬はママコチャでした。すごいメンバーと当たり続けましたよね。3戦目にして念願の初勝利を挙げました。鞍上は藤岡佑介騎手でしたね。

井本佑介くんがレース前に「ちょっと、前めで競馬するよ」って言っていたんです。スタートはあまり良くなかったけど、割とリラックスして走れて勝ち切ってくれました。

怪我からの再出発

細江そして、次は初の重賞参戦、朝日フューチュリティSとなります。

井本1勝クラスの身でしたが、強い相手と戦うことが馬のためになるとの意図でしたが、いま考えるとスゴいメンバーでしたね。でも、いいチャレンジだったと思います。

細江1着はドウデュース、2着はセリフォス、3着はダノンスコーピオン。錚々たるメンバーでした。ここで、いったんお休みし、3か月ぶりの復帰戦を勝ってのアーリントンCでした。

井本復帰戦の内容は良かったんですよね。でも、アーリントンCで競走中に右前のヒザを骨折してしまって…。すごく、いい状態で出走したんです。内で窮屈な競馬をしながらも、0秒6差の6着と差はなかった。その矢先の怪我でした。厩舎に戻ったら、脚が腫れていて…オーナーもショックだったと思います。

細江脚元の怪我は競走馬の宿命ですが、残念でしたよね。9か月の休養を取っての再出発となりました。

井本復帰戦を2度使って、その反動なのか、また不安な箇所が出てきてしまいました。
なかなか順調とはいかず、札幌でのワールドオールスタージョッキーズ(7着)に参戦するまで半年ほど休養させることになりました。

細江ようやく、ここからというところで…。

井本札幌を使って栗東に戻ってきてからも馬体にメンテナンスが必要な箇所があったのですが、開業獣医師さんと相談してこの馬に合ったケア方法を確立していけたことが良かったと思っています。この頃から馬体もですが、精神面も大人になってきたと感じられるようになりました。札幌でいろいろな環境を経験したので、栗東に帰ってからもドッシリとして、あまり動じなくなりました。

細江古馬らしく成長し、ケアの効果もあって、そこから2、1、1着。年明けは京都金杯に参戦して3着と力を見せてくれました。重賞に手が届くところまできたという手応えは感じたんじゃありませんか?

井本けっこう、ありました。でも、前半でハミを噛んでしまったので、最後のお釣りが残らなかった。やっぱり、この馬はいかに道中でリラックスできるかなんだなと。

細江リラックスが、この馬の好走のカギってことですね。

井本そうですね。次の東京新聞杯(10着)のレース後に(藤岡)佑介君に聞いたら、前半の力みが影響したとのことでしたし。

細江この時の力みには何か原因があったんでしょうか?

井本金杯の後は、少し楽をさせていたんです。だから、レースに向けた調整の段階で、まだ気持ちが入っていないかなって。それで、直前はいつもより気合いをつけた内容をこなすことにしました。それに加えて初の長距離輸送ですから、馬がナーバスになっていたんですよね。

細江追い込まれて、気持ちに余裕がなかったのかもしれませんね。

頭がよく、どんどん吸収して学んでいく馬

細江この後、不振が続きますが、この時期はどうでした?

井本そうですね…うまくいかないことが続けば、人間だって萎えちゃいますよね。

細江「もう、いいや」って、なっちゃいますよ。

井本そうですよね。この馬は追い切りで「きょうは、頑張ろうね」という時は、ちゃんとスイッチを入れて走ってくれます。でも、普段の調教では「きょうは、行かなくていいんですよね?」って分かっているようで、言われた以上に走ろうとしません。そういう賢い馬なので、不振の時期は不安でした。

細江頭がいいから、負け続けたら、楽をする走りを覚えてしまう可能性がありますもんね。では、6月の米子Sでの5戦ぶりの勝利はうれしかったですね。しかも、連続して関屋記念も制しました。8月の長距離輸送と、クリアすることがたくさんありましたが?

井本暑さもですが、東京新聞杯での経験から早めに強い調教をこなして、1週前までにある程度の仕上げを終えました。すでに長距離輸送は経験していましたし、札幌で環境の変化も勉強済みです。新潟の滞在馬房では、1頭だけて過ごしましたが動じず、飼い葉の量も普段通りでした。不安ではないんだなと、目を見て分かりました。

細江経験するとドンドン吸収して学んでいくんですね。本当に頭がいい。そして、関屋記念は見事な逃げ切り勝ちを決めました。

井本内の馬をけん制しつつ、うまい具合にジワ〜っと先頭を行ってくれましたね。直線に入って実況で「トゥードジボン」と名前が呼ばれていました。余裕があるようには見えましたが、新潟の長い直線で「大丈夫かな」とも思っていました。

細江その直線で、さらに脚を伸ばしての勝利。強かったです。急かすことなく、“リラックス”した道中が良かったんですね。勝って帰ってきたトゥードジボンは、どんな顔をしていました?

井本暑かったし、しんどそうでしたが、走り切ったという感じでした。結果が出ない時期も、コンスタントに使われながら気持ちが途切れることがありませんでした。しっかり巻き返して、本当に偉い馬だと思いましたね。

(構成:スポーツ報知 志賀浩子)

細江 純子
1975年愛知県蒲郡出身。1996年JRA初の女性騎手としてデビュー。2000年日本人女性騎手として初の海外勝利(シンガポール)。2001年引退。引退後はホースコラボレーターとしてフジテレビ『みんなのKEIBA』関西テレビ『競馬BEAT』に出演。夕刊フジ・アサヒ芸能などにコラムを連載中。書籍は『ホソジュンのステッキなお話』文芸ポストでの短編小説『ストレイチャイルド』。

※この記事は 2024年11月30日 に公開されました。

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