02. 83歳の今も現役で研究を続ける情熱が向かう先は乗り役のアシストに
「じゃあ小林さんに日本の馬を強くする研究をしてもらおうじゃないか」
梅田前回までは陸上のお話について興味深くうかがってきましたが、そもそもどうやって小林先生とJRAとの接点ができたのか教えていただきたいです。JRAがどのような観点で先生にアプローチをされたのか気になります。
小林そうですね。これは言っていいのか分からないですけど、JRAも面白い考え方をするなと思ったのは、JRAは「馬は血統だ」と言うのですよ。9割以上は血統で決まる、と。でも、バブルの頃にいろいろな種牡馬を高いお金を出して海外から日本に連れて来たのに、そうやっても世界、海外の競馬に行くと、どうしても勝てなかったんですよね。確かにサンデーサイレンスなどは成功していますが、初期の頃はその子供が世界で通用するかって言ったら、なかなか通用しなかった。それで日本の馬は、何だかちょっと変だな、と。種牡馬がいいのに、何で勝てないんだ、と。こういう話が1990年代の後半くらいにあったわけです。それで語弊のある言い方かもしれませんが、「日本人はスポーツで勝つにあたって血統が良くないはずなのに、血統の良くない日本人が、どうしてオリンピックなどの陸上でメダルが取れているのか。きっと何かあるのだろう」と競馬会の人が言ったそうなのですよ。「そういう日本の選手をトレーニングして世界のトップに行けたのは誰が手伝ったからなんだ」という話から、「じゃあ小林さんに日本の馬を強くする研究をしてもらおうじゃないか」という話になったみたいです。
梅田確かに世界で比べて日本人の体は大きくはないですからね。アメリカの人とかヨーロッパの人などと比べても。
小林そうそう。すごい体ですからね。それでも日本がそれに勝てるのだから、何か知恵があるんじゃないか、ということで話が来たのです。
梅田まずは依頼を受けて何をされたのですか?どこに着目されて、どう動いていかれたのでしょうか。
小林それはYouTubeでもしゃべっていることですが、自分は競馬の世界を全く知りませんという話をしたところ、「まあ、それはいいです」ということで、僕が知っている知恵のある人を集めましょうとなって、整形外科医、内科医、運動生理学者、栄養学者、動物心理学者、などに集まってもらい、研究会を発足させました。
梅田それはやっぱり人間の世界と一緒ですよね。生理学から食事まで全部が関わってきますものね。
小林もちろんそうです。それで栄養とか怪我の問題とかトレーニング方法だったりとか、とにかくどういうふうにやっているのか何も知らないので「協力してください」と言って、北海道の日高などの牧場に実際行かせてもらって、種付けの様子を見せてもらったり、子供はそれぞれの育成場に預けて育てるなどトレーニングの過程を全部見せてもらってから、「さて、これでどうやって強くしていけるかな」と考えたわけです。一つは飼い葉の問題があって、牧草しか食べていないのかと思ったら、そうでもなくていろいろな物を食べているんですけど、基本的には栄養不足だろうと思いました。例えば牧草の成分だって、ヨーロッパやアメリカとは違うかもしれないだろう、と。それで当時、アミノ酸の研究をやっていたもので、おそらく栄養不足だろうと考えました。その時に高橋廸雄先生(東大名誉教授)という方がちょうど農学部で研究をしていて、それがやっぱりアミノ酸を飼い葉に加えて馬に食べさせたらいいんじゃないかという研究を同時期にやっていたのです。今では常識的に食べていると思いますけど。
梅田先生が“走り”と言うか、きっかけだったのですね。
小林それでセイウンスカイという馬はご存知ですか?
梅田はい!もちろん分かります。
小林小さい馬でかわいくて、そしてすごく強かったんですけど、アミノ酸をたくさん食べていたので、やっぱり成績が良かったわけですよ。だから厩舎の調教師さんなどは、それを見ていますからね。今はそれが常識的になって、人間でもスポーツ選手は摂取するようになっていますよね。あとはやっぱり走り方で、当時としてはいろんな研究所の人とディスカッションもしましたけど、やっぱり馬は後肢を中心に蹴るということで大体7割ぐらいの割合を占めて、前肢が3割ぐらいだろうという考え方だったのです。だけど、せっかく前肢があるのだから、後肢だけではなくて、前肢も有効に使ったらいいじゃないかという考え方をしました。まだ当時は、前肢は「支える役」と考えるのが普通だったのですよね。後ろで蹴って、前肢で支えて、という。そこで前肢も積極的に推進力を生み出すような走法に変えたらいいという考え方を出して、それならどうしたらいいのかということで、そこから坂路調教の話が出てきました。みんな普通の人は、レースは平らなところ走っていると思うじゃないですか。それが坂などもあるなかで競馬をしているのですから、高低差のあるところをうまく走るということも大事になるわけですよね。
梅田その頃からやっぱり坂路調教の重要さが言われるようになったのでしょうか?
小林そうですね。それで当時は関東の人はそれをちょっと甘く見ていて、関西の方は栗東の坂路を作って、どんどんどんどん強くなっていって、最近では美浦でも傾斜を大きくした坂路にしましたよね。そういうふうに僕は研究をしてきたわけですが、最近はYouTubeなどに出ると「どの馬が勝てるか。予想で何番と何番がいいのか言ってください」と言うんだよね。そういう研究をしたわけではないのに(苦笑)。

やはり騎手の体力とか能力はすごく大事
梅田確かにそうですね。そういう馬の勝ち負けだけの話ではないですよね。
小林日本の良い種の馬をどうやって世界で勝たせるかという話であって、 陸上と同じでいかにしてオリンピックでメダルを取れるようにするかということです。それも1頭だけではなくて、全体としてレベルをアップさせるためにはどうしたらいいかというのが僕の研究なのに、どうもYouTubeのコメント欄で「オヤジが理屈を言ってるけど、馬券を外した面が見たい」とか書かれたりしましてね(苦笑)。
梅田馬券の当たり外れまで求められちゃうのですね、競馬はレースの展開などもありますしね(苦笑)。
小林それからもう一つ興味があったことがあって、これは少し関わりかけている部分もあるのですけど、それは騎手についてなんですよ。やはり騎手の体力とか能力はすごく大事で、それで僕が考えたのは、オリンピックの近代五種競技の中に馬術がありますよね。それで馬事公苑に行ってみたら、馬術をやる時に「馬に癖がある」ということを聞いたのですよ。この馬は左側に行くのはうまいけど、右側に行くのがどうも下手くそだ、みたいな話でした。そういう馬の癖というのがそれぞれにあると聞いて、それで僕がこういうマシンに乗せてみてね…。
梅田馬をですか!?
小林馬ではなくて人間です。騎手というか選手を乗せてみたのです。それでやってみたら、その人の骨盤の左右バランスが悪いんですよ。
梅田へえー、そういうことが分かったんですか。
小林乗り手の骨盤の左右のバランスが、こっちが硬くてこっちが柔らかいような時に馬に乗って、馬が癖のある動きをしたとしても、それは自分のせいなんです。自分のせいを馬のせいにするな、と。それでこういうふうに手綱を引いた時にも、乗り手の体が硬かったりするところを動物は微妙に感じ取るわけですよ。
梅田いやいや、まさに人馬一体ですね。
小林そうなのです。やっぱり馬も分かりますからね。乗り手の体の使い方でこっちこっちと言っているから、こっちに行っているわけで、馬のせいではないのです。
梅田馬のせいじゃないところもあるのですね。やっぱり乗り役の骨盤の状態や骨格による面もあって。
小林あと最近、「ジョッキーカメラ」を見た時に、これは面白いなあと思いましたね。

実は馬でもどんな動物でも運動生理学的に7秒しか全力を出せない
梅田もしかして「ジョッキーカメラ」などで乗っている人の骨格とかを想像しながら見たりされているのでしょうか?やっぱり、我々とはちょっと見方が違うのでしょうか?
小林違うかもしれませんね。時速どれぐらいで走るのかというのに注目していると、初めは60キロぐらいでビューッと行って、途中で57、58キロくらいに落として、最後に勝ちにいく時はオークスのジュウリョクピエロの今村聖奈騎手だったら時速67キロとかでシュッといく。実は馬でもどんな動物でも運動生理学的に7秒しか全力を出せないのですよ。決まっているんです。
梅田7秒ですか?そんなに短いのですね。
小林皆さんは知らないかもしれませんが、パワーバイクというトレーニングマシンがあって、人間がブォオオオオンと自転車のようにこいだ時に10秒間持たないのですよ。全力でいけるのは7秒しかない。
梅田人間もそのくらいなのですか?
小林そのくらいですね。7秒くらいだと思います。そうなるとその7秒の全力をどこで出すかという、そのタイミングが一番問題なのですよ。コース取りとかいろいろあると思います。それで生理学的な話で言えば、特に馬は速筋(そっきん)線維が90%くらいあるのです。
梅田速筋線維が90%?
小林はい。人間は半々くらいです。あとは遅筋(ちきん)と言う遅い筋肉、持久的な筋肉です。速筋線維って速い筋肉で、速い筋肉はスピードがすごく出るのだけど、ものすごく疲れやすいのですよ。それでつい最近、八田秀雄先生(東大教授)という乳酸の先生による馬の研究の一番新しいものが出てきまして、その方は競馬会の仕事もしていて、坂路調教をした時にどれくらいの乳酸が出るとか、そういうデータもあります。あとは騎手の能力というのがすごく大きくて、どの馬が勝つかにしたって、誰が乗るかというのは結構影響していると思うのですよね。
梅田ここまでいろいろと大事なことを教えてくださってありがとうございます。まずは血統や骨格の話から、坂路に関連したお話もありましたし、あとジョッキーについてですね。それぞれ詳しく分析されていて面白いです!
小林勉強をしたわけではなくて、一般的なことを言っているだけですよ。
梅田いやいや、骨盤の微妙な動きが伝わって、実は馬ではなくて人に癖の原因があることとか…。
小林ジョッキーは馬が走っている間にこんなに揺れていても、馬体に触れないでピタッと乗っている。もうサーカスをやっているようなものですよ。普通は怖いと思いますよ(苦笑)。それで、そのジョッキーをどうやって鍛えるかという問題に、まだ穴があるなと僕は見ています。どうしてか言うとね、こうやって周りから見ていても、やっぱり下手なジョッキーはいるように思えてしまいます。
梅田やっぱりそれは先生が人間の“いい動き”を知っているからで、ジョッキーがもっとこういう筋肉の使い方をしたら、もっとこのジョッキーは伸びるなって、そういう目線でやはりご覧になっているのですか?
小林うん、僕は競輪の選手のトレーニングもやっていますから。競輪の選手をこういうマシンで、最初は経堂のジムに30人くらいで来ちゃって、競輪学校じゃないんだからって(苦笑)。トレーニングに通われた選手で、1億円プレーヤーは何人も出ています。一番稼いだのは平原康多選手で、わざわざ彼のためのマシンを作りましたしね。
梅田何が違うのですか?一流の勝つ人と勝たない人の差って。ひと言で言うのは難しいかもしれないですけど。
小林やっぱり見ると、ちょっと違いますよね。
梅田やっぱり深い部分の筋肉の違いとか…。
小林いや、それだけではないでしょう。やっぱり脳じゃないですか。ある意味、脳が重要でしょう。

今はまだ競馬の解説者も何でも全て「心の問題」として扱っていますよね
梅田それは神経の伝達とかに関してでしょうか?
小林勝負どころで瞬時に判断するとか、「今だ!」って時にパッと行くとか、そういう面です。例えば猫って反応が遅いじゃないですか。うちに猫が1匹いましてね、ミーちゃんという名前なんですけど、「おいで」と言ってもしばらく考えてから来たりしますが、犬だとパッと来るじゃないですか。猫だとパッと来ないで後から来るんですよ。人間も同じことです。「何々ちゃん、おいで」と言われて、「どうしようかな…」とぐずぐずしているよりも、反応がいい方がよくありませんか?これは馬でも同じだと思います。
梅田なるほど。ちなみに馬が脳を鍛えるとしたら、どうしたらいいのでしょうか?
小林馬については、今はまだ競馬の解説者も何でも全て「心の問題」として扱っていますよね。 メンタルの面で「えー、ちょっと今日は気合が入っていますね」とか、全部心の問題として考えているように思います。人間の心理学も昔はそうだったんですよ。心理学で「心の問題」と言っていましたが、最近はもう「認知行動科学」という脳の話になっちゃっているのですよ。
梅田認知行動科学?
小林はい。私も今度、駒場キャンパスで行われる身体運動科学シンポジウムでそれについて講演しなくちゃいけないんですけど、これまでは心の問題とされたことも、「脳のここの問題だから、心配しないでいいよ」とか、そういう話になってきているじゃないですか。たぶん馬も、心の問題から脳の問題という時代になると思います。

これは正しいんだという枠にとらわれすぎては…
梅田そうですね。ちなみにこのコーナーは厩務員さん、調教助手さんなど調教に携わっている方なども結構見てくださっているのですが、先生がたくさんの陸上のスプリンターやマラソンのいろんな選手の育成をしてきた中で得た知見で、競走馬に応用できそうなことなどはありますでしょうか?
小林日本の陸上界では旭化成という有名な会社があって、そこに有望な選手がずっといて、そこに有名なコーチがいて、そのコーチの教えを受けた人達がいろんな大学などに散らばっているのですが、ある意味、その人たちはカリスマ的なコーチ、監督ですよね。そういう人たちの影響がずっとあったなかで、そうした系統とは異なる青山学院大学の原晋監督は全く異色なのですよ。僕らが陸上の男子の選手の様子を科学委員長の時代から見ていて、ちょっと限界かなと思ったのは、いわばカリスマ的な系統ともいえる宗茂、猛さんというような有力な監督の考え方、意見の影響力がものすごく強いのですよ。その一方で女子マラソンは当時、まだ歴史が浅かったから、それぞれの人たちが思うようなことをやって成功していたのですよ。思うようなことというのは、いろんな新しいアイデアとかですよね。小出義雄さんなんかでも、自分でいろんなことを試して、失敗したこともあるでしょうけど、成功例もすごくありますよね。つまり僕が言いたいのは、そういう型にはまった、これは正しいんだという枠にとらわれすぎては、ちょっと窮屈になってしまうかなということです。話を競馬に戻すと、今は血統がちょっと偏り過ぎている感じがあると思うのですよね。レースでキタサンブラック産駒が1~3着を独占しそうになったりするわけでしょう?
梅田だから、どうしても皆さんがその血が欲しくて買いますからね。
小林また新たにその馬を破る馬が次々と出てくるとは思います。あと生き方については2つあって、「こういう中で自分は生きていくんだ」という生き方の人間と、「いや、新しいことをやろう」という人間の2通りがあると思います。どちらもいいとは思いますけど、つまり言いたいことは、「自分でも少し研究しなさい」ということです。上から教えられることというのは正しいんだけど、「自分でも、もうちょっと工夫していくといいかもね」という感じですかね。
梅田おっしゃることはすごくよく分かります。やっぱり枠にはまったままでは新しいことができませんよね。あと、人間でも馬でもレースで最後に失速してしまうことがありますが、競走馬がラストで甘くなるというのは、そのメカニズムなどは人間のレースと同じなのでしょうか。先ほど「7秒」のお話もされていましたけど、そこと少しかぶることなのかなとも思いますが。
小林う~ん、僕らの世界でもそうですけど、最後は運のいいやつと悪いやつということになるのかな。僕なんか運の悪い方だけど(笑)。最後の最後に前に出るのが強いのは強い。これは未知数なところはありますね。

やっぱり計算ずくではできないところがあってですね
梅田まだ先生の研究でも未知数なことはいっぱいあるのですか?
小林だってサイエンスなんて、大いに未知数ではないですか。全て分かったように言う人はね、こういうギリギリのレベルのことが分かっていないのだと思います。だから、そういう面白さが競馬にもあって、「絶対これは勝つだろう」というのが、時々「あれ?」という感じで負けてしまいますからね。そういう点では、やっぱり計算尽くずくではできないところがあってですね、そこがまた人生に通ずるみたいなところはありますよね(苦笑)。
梅田なるほどですね。あと、将来的に小林先生みたいに競走馬の走りの動きの研究をするにあたって、馬のどんなデータを集められたらいいなと思いますか?
小林一般的な話では馬場によって違いますし、やっぱり芝かダートかで走り方が全く違うのでしょう。陸上だって同じです。いつも同じ走り方、フォームとはいきませんし、コースに合った走り方が自在にできる馬はすごいですよね。あ、今日は道悪だから、こういうふうに走ろうとかね。
梅田そういうことができたら、一番いいですよね。
小林そうそう、全然話は違いますけど、面白い話でレースで馬がゴールポストの影を飛び越えたというのがあったじゃないですか。これもYouTubeで見つけたのですが、障害みたいに見えたのかな。だからそういうふうに臨機応変に走れる馬というのが、逆にすごいのではと思います。あとはやっぱり、馬とジョッキーとの折り合いというのはもちろんですが、最近だと馬と調教師との接し方、一番大事な調教助手との日頃の接し方が大事だという話が普通になっていますよね。馬にしたってね、そんなに走りたくて走っているわけじゃないでしょうから。
梅田毎回、走りたくて走っているわけではなさそうですよね。「今日、走るのやだよ」みたいなことはあると思います。人間の選手だって、そういう選手もいらっしゃるでしょうから(笑)。
小林「みんな調子が悪そうだな。なら、一発やってやろうか」という馬もいるかもしれない。馬だからと言って、ちゃんと実際は相手を見ていると思うんですよね。しゃべらないから口は出さないで、「ヒヒーン!」としか言わないかもしれないけど。きっと相手のことを見ているんじゃないかなあ。

ジョッキーの教育は面白いなと思います
梅田小林先生から見て、理想のランナー像を競走馬に例えると、どんな馬が理想的でしょうか?
小林僕が一番好きだったのは、やっぱりサイレンススズカです。あれが一番好きでした。先頭に10馬身差くらい離して行って、そのまま行けるのは僕の理想だね。最後はかわいそうだったけど、ああいう馬がいいね。理想は逃げ馬です。
梅田人間の場合も逃げられるというのは、優れているということですか?
小林勝とうと思うと逃げちゃダメなんですよね。だから人間の場合は後ろについて行って、ひょいっと抜くのがいいですから。僕なんかはね、一生懸命に前から走っている馬には「行け!行け!」と言いたくなっちゃうよね。ああいう馬に、ちょっと持久力をつけさせてやったら強いでしょう。やっぱり後ろからバーって来られて抜かれて、トップだったのにいきなり5番目になってしまってというのは悲しいじゃないですか。だから理想としては、人生の自分の生き様としても、パーッと逃げ切るような人生を送りたいね(笑)。
梅田繰り返しになってしまうかもしれないですが、また馬の研究を依頼されたら、今度はこういうことをやりたいなということはありますか?
小林さっきも言いましたようにジョッキーの教育をやりたいですね。ジョッキーの教育は面白いなと思います。馬の模型を作って、癖のある馬を再現してみて、途中で跳ねるような癖があってもパッと対応できるようなことをトレーニングでやってみたら面白いじゃないですか。馬自体についてはものすごく進んでいて、おそらく世界最高の技術で、みんな最新の技術でやっているんじゃないですか?新しい厩舎ができたり、新しいシステムもできたりして、もう僕が口を出すレベルの世界ではないですよ。僕らが口出しをできるのは、ちょっと遅れているところとかで、「今になって、なんでそんなことをしているんだよ。こうやるんだよ」と言うことには口出しをできますが。なので、人間の側のジョッキーは、初めからジョッキーという人間はいなくて1から勉強しないといけないものですから、「人間の教育」はありうるかなと思います。

最後は優れた走る「遺伝子」を持っているかどうかに行き着く
梅田ありがとうございます。ここまで馬についてお話をうかがってきましたが、走るという行為の本質を一言で表すとしたらいかがでしょう?
小林人間でもそうですけど、中には生まれた時から走ることが好きな人間はいるんですよね。僕の教え子だとね、走らないといられないという人間がいて、でも一方でやっぱり走りたくないというのもいるのですよ。「行為の本質」という質問が難しいですけど、やっぱりそれは遺伝子ですよね。これは馬ではないのですが、ネズミは世代交代が早いので、ちょろちょろしているネズミと、同じくジッとしていられないようなネズミを掛け合わせるとどうなるかというと、もういつも動いているネズミが産まれて、レイジー(怠け者)なネズミとレイジーなネズミを掛け合わせると、もうモタモタしているネズミになっていくわけです。その意味では「血統」という言葉で表現しているけど、本当は「遺伝子」なんだと思います。人間でも足が速いアフリカ人には足が速く走れる遺伝子を持っているんじゃないかという研究をして、こういう遺伝子があるというのを見つけた研究があるのですよ。それに対して「そんなことはないんだ」とか学会ですからガンガンやるんですけど、馬でも「血統」とは言っているけど、実は走ることが好きな「遺伝子」を持った馬がいるはずなんですよ。遺伝子で走る馬と走らない馬というのは、多分見えてくるものだと思います。だから走る本質は何かと言われたら、最後は優れた走る「遺伝子」を持っているかどうかに行き着くのではないかと思います。
梅田その遺伝子が、どこで目覚めるかですよね。
小林人間だって同じですよ。たくさん東大生がいても、「お前なあ…」というのも(苦笑)。
梅田持っているけど目覚めていなかったり、持っていたり、持っていなかったり、いろいろでしょうね。
小林あと、ちょっと余談になりますけど、僕はアメリカに留学するまで西洋の勉強ばかりしていたのですけど、日本の勉強もしなくてはいけないと思って、合気道を始めたのです。それでみるみる才能が芽生えて、さっきまでは陸上の話をしていましたけど、陸上の才能なんか全然なくて、合気道の才能があったのです。だから大学の体育実技授業で合気道を教えていました。まず正座から始まって、合気道をやって、それで神経系などの研究を始めました。表向きは陸上と言っていて、今も陸上部のOB会会長なんだけど(笑)。それはそれとして僕が合気道の授業を教えていたのですよ。合気道は手刀といってピッと合わせるのですが、僕は一般の道場で教える教え方じゃなくて、15時間くらいやったら初段ぐらいになるようなレベルの合気道を教えちゃうんですよ。
梅田すごいですね。やっぱり筋肉とかいろいろ分かってらっしゃるが故の教え方だからでしょうか
小林そうです。それで何を思ったかと言うと、パッと手合わせをするのです。そうすると並の人間は並の人間なんだけど、「こいつはできるな」という人間に対しては瞬間的に分かるのですよ。
梅田以前にインタビューをさせていただいた柔道の金メダリストの野村忠宏さんも同じことをおっしゃっていました。組手を組んだ瞬間にパッと分かるっていう。そういうものなのですか。
小林こうやって瞬間にね、分かるわけです。それでもっと面白い話がありまして、東大の女性の学生さんが「単位なしでいいから、先生の授業をもっと受けさせてください」と言うのです。それでいいよとなったら、卒業するまで合気道の授業に毎期来るのですよ。そしていいセンスを持っていると思ったら、「実は将軍家の剣術指南役の家筋の者です」というんですよ(苦笑)。

勝負の世界というのは学術の世界とはちょっと違うところがあります
梅田血統と言うか遺伝子と言うか、合気道を通じて先生はそういうことも感じていらっしゃったのですね。
小林だからそれは「気」を見るとかですね。だからたぶん馬などでも同じだと思うんですよ。「気」の世界というのはあると思います。それではサイエンスにならないかも分からないけど、サイエンスはサイエンスでありますが、最終的にはね、そういうものもあるよ、と。
梅田それもすごく大事なことですよね。それも含めてサイエンスなのかなって思ったりします。
小林最後の最後は、そういうものが大きな要素としてあるのではないですか。やっぱり普段感じないようなものが、競馬の世界なんかになると結構出てくると思います。
梅田オリンピックなども、きっとそうですよね。
小林そうですよ。もうね、普通じゃないですよ。普通の感覚ではなくなってくるんです。勝負の世界というのは学術の世界とはちょっと違うところがありますからね。それはやはり感じますね。
梅田オリンピックから馬から先生の合気道を通じた気の話など、すごく楽しいお話を聞かせていただいてありがとうございます。先生ご自身が今後やりたいことはございますか?
小林本当はお金がたくさんあったら、もっとマシンもたくさん作りたいというのが本音ですけどね。景気のいい時に何億円か使わせてもらいましたけど、まだまだアイデアはいくらでもありますから。
梅田先生の研究内容を引き継ぐお弟子さんたちは何人かいらっしゃるのですか?
小林弟子がどんどん育つような研究と、ある個人がちょっとひらめきでやるような研究とがあって、僕はひらめき型の研究なので、弟子はみんな優秀なのがいますけど、「君たちも勝手なことやれ」と言って基本的に“後継ぎ”は作っていません。そのせいか知らないですけど、まだ僕は現役で東大に雇ってもらっているのですよ。もう83歳になっていて、だからもう約20年前には定年になっているんです。この時点で名誉教授はなっていますが、その後は、特任教授、特任研究員という肩書になっています。もっと偉いノーベル賞クラスだと特別栄誉教授などになれたりしますけど、僕は、現在はヒラの特任研究員です(笑)。でも、お陰さまでこういう自分が開発したものがずっとありますし、最初はこういうことがあまり見向きもされなかったですからね。気楽に好きなようにやらせてもらえてきたことは、よかったですね。
梅田これからもお元気で、研究を続けてくださいませ。お祈り申し上げます。今日は本当にありがとうございました!

(構成:スポーツ報知 坂本達洋、Photograher:山口比佐夫)

梅田 陽子
セントフォース所属。学習院女子大在学中より、日本テレビ「きょうの出来事」お天気キャスターとしてデビュー。2006年よりグリーンチャンネルキャスターとして、中央、地方競馬に携わっている。情報、スポーツ番組MC・リポーター、イベントMCとして活動中。馬とお酒と音楽(ピアノとチェンバロとパイプオルガンの演奏をします)が好き。

吉田 俊介
1974年北海道出身。(有)サンデーレーシングの代表で、ノーザンファームの副代表。中山馬主協会理事(広報インタビュー担当)。