ゲスト
浅川敬之 さん 東京競馬場馬場造園課 課長

01. 競馬開催を縁の下から支える“スペシャリスト”の仕事

競馬開催を縁の下から支える“スペシャリスト”の仕事
アナウンサー梅田陽子さんがインタビューアーとなりお届けする「ホースと共に!」。今回のゲストは、東京競馬場馬場造園課課長・浅川敬之さんです。馬場造園課では、競走馬が安全かつ最大限に能力を発揮できる馬場の維持整備を担当しています。レースを左右する馬場コンディションはどのように整備されているのでしょうか?GⅠレースを前にした馬場状態の維持管理の大変さなどお話を伺いました。

レースが始まると、馬と一緒に動いてという流れです

梅田今回は東京競馬場の馬場造園課・浅川敬之課長に馬場のことや、名物になっている「ローズガーデン」のことなどについてお話を伺います。よろしくお願いいたします!私はグリーンチャンネルの中央競馬全レース中継のキャスターとして、馬場情報をご紹介させていただいたりして、いつもお世話になっています。開催の時は何時頃からお仕事をされているのでしょうか?

浅川いつも6時過ぎに出てきて、馬場をチェックしてという流れになります。

梅田せっかくなので具体的な流れを教えていただけますか?

浅川朝の6時30分までに出勤しまして、その日の含水量を確認して、それから馬場の状態を実際に確認して、その後に発表いたします。その後に午前7時から全員で馬場を1周回ります。

梅田そこではどういうことを見ながら歩かれるんですか?

浅川基本的にはコースに異変がないかどうかを見ますが、スタッフ同士の情報交換の機会でもあります。みんなで歩きながら、今日はどういったことが予定されているか、注意すべき点などを確認して、「このレースはこうだから、こういう作業をする必要がありますね」とか打ち合わせをします。それでスタンドに戻ってからはグリーンチャンネルさんやラジオ局さんにお話(馬場情報)を聞いていただきます。そうすると午前9時くらいになるので、レースに向けた準備をします。レースが始まると、馬と一緒に動いてという流れですね。あとはコースの状態を見て、馬場状態の変更やレースの合間の散水を確認したりします。

梅田レースの時はスタンドの上から見ていらっしゃるのですか?

浅川はい。レースが終わると、検量室に降りてレースの映像を見ながら、ジョッキーや調教師の方と気になることがあれば、お話をしたりします。「危ないところがあるよ」とか生の意見をもらいます。何もないことの方が多いのですが、それが何より一番だと思っています。

梅田それを1日12回も繰り返していらっしゃるんですね。朝に馬場を調べて終わり、というわけではありませんね。

浅川ですので実は土日は「ローズガーデン」の昼間の様子が見られないんですよね(苦笑)。レースに付きっきりになりますので。

梅田それはそうですよね(苦笑)。素朴な疑問なんですけど、ダートコースだと朝の7時の時点で「3回、散水を予定しています」とか「4回、散水を予定しています」というコメントをいただきますが、その日の天気や気温の予想で、その日の散水の検討がつくものなのでしょうか?

浅川実際、朝の時点で「3回散水を予定しています」、「4回散水を予定しています」と皆様にお答えしても、答え通りに撒かない時もなかにはあります。散水の目的というのは、水で砂を湿らせ、クッション性を回復させるということですが、水分が多過ぎると騎手にとっては砂がベタついて視界が遮られることになりますので、レース直前にはあまり撒かないですね。ですので、自然と今日のレースの番組のなかでは、撒けるとしたら最大4回だな、5回だな、と見えてきて、あまり続けて撒くと多過ぎてはいけないので、だいたい自然と回数が決まってきます。

梅田水が撒けるタイミングというのが、そうやって決まっていくのですね。レースの直前に撒くのは、それはそれで良くないのですね。

浅川すごく乾燥しているタイミングであれば、問題ないです。撒くつもりだったけれど、まだ水分をもっているなとなった時に、やっぱりやめようとなることはあります。

梅田本当に素朴な疑問だったんですよ。「どうして3回って分かるんだろう…?」って(笑)。レースの回数にもよるわけですね。

浅川正直、私も迷う時があります。「今日はだいぶ天気が良さそうだという予報だけれども、もしかしたら曇るかもな」となっている時に、グリーンチャンネルさんは、いつも「ダートは何回散水されますか?」と聞いてくださるので、黙っているわけにはいきませんから(笑)。

あえて速い時計を出そうとしているわけではありません

梅田すごくよく分かりました!ありがとうございます。これから東京競馬場では、この芝コースでGⅠレースがたくさん行われますよね。

浅川芝コースは2月の東京開催が終わって、4月末から始まる2回東京開催に向けて準備を進めていきます。専門的に言いますと、芝に洋芝の種を“追い蒔き”しまして、さらに前の競馬で出た傷みをカバーされるように、温室効果のある保温シートを約2週間かけていました。

梅田このだだっ広い芝コースにシートをかけるんですか!?一体、どれくらいの大きさのシートなんでしょうか?

浅川1枚のシート自体は縦が12メートルで横が9メートルあります。ここは芝馬場が9万9000平方メートルありますので、東京ドーム2個分くらいでしょうか。

梅田それを一気に同じ時期に貼るというわけですか?

浅川敷くこと自体は1、2日くらいでできるんですよ。秋の11月の5回東京開催が終わると、9万9000平方メートル全部をシートでカバーするのですが、1回東京終了後のタイミングでは内側の半分くらい、傷みが出たところをカバーするようにして6万平方メートル分くらいはシートをかけました。

梅田実際にシートをかけることで温まるのでしょうか。

浅川温まります。中の温度が高くなって、その部分の芝の生育が促進されます。3月初旬から2週間くらいシートをかけて、その後3月下旬くらいに外しますが、その頃にはだいぶ伸びてきます。4月になってから気温が上がり、きれいに仕上がってきています。

梅田青々とした芝が出てきて、競馬開催までにはいい感じになるのですね。手間暇かけてすごいことです。春の東京って、中山とかと比べて時計が出やすい印象があるのですが、それについては思い当たるところはございますか。

浅川こちらとしては、あえて速い時計を出そうとしているわけではありません。だんだん馬場の改良が進んでいることで、状態としては年々良くなっているので、走りやすさにつながっているのではないかと思います。それが実際に走る馬やオーナーをはじめ関係者の皆様にとって、いい方向に働いているのであれば、それは喜ばしいことだと思っています。

誰かに教えていただくというよりも、実地で学ぶことが多いです

梅田なかなか学生時代に「芝の研究」をされていたという方は、少ないのかなと思いますが、競馬会に入会して、馬場造園課さんに配属されてからスペシャリストになる感じなのでしょうか。

浅川ゼロからですね。それこそ私は、学生時代は海の波がどう動くかか、というようなことをやっていましたので。

梅田大学で土木などに関することですか?

浅川はい。もともとはそうなんです。全くジャンルとしては違いますね。

梅田どれくらいで“芝のスペシャリスト”になっていかれるのでしょうか?

浅川時間はかかると思いますね。20代前半で入社して、最初は全く分からないところから始まりまして、10年程経験してからじゃないですかね。自分である程度判断できるようになったのは。

梅田生き物相手のお仕事ですから、感覚などが問われますよね。

浅川もちろん、それもそうですし、やはり他には無い業界なので、誰かに教えていただくというよりも、実地で学ぶことが多いです。教科書や座学で学ぶ機会は多くないと思います。もちろん、教科書のようなものもあるにはあるので、それで勉強をしたうえで、あとは自分の目の前にあるコースを見ながら、知識と照らし合わせて、「こういう時はこうなるんだな」とか、そうやって考えながら、自分なりの答えを見つけていきます。どうしても試行錯誤してやっていくことになるので、失敗することも多いです。

梅田根気が必要ですよね。馬場造園課さんだと、だいたいずっと馬場造園課さん一筋で、ずっとスペシャリストでいらっしゃることが多いのでしょうか。それで中山や阪神など各地の競馬場などに行かれたりしていらっしゃるのですか。

浅川はい。勤務地は変わりますけど、やっている仕事の内容は大きくは変わらないですね。私は入会以来、本部、競馬場、トレーニング・センターでずっと馬場管理の仕事をしています。馬場担当者としては恵まれている競馬場だと思います

梅田そうなると、あらゆる所の芝にお詳しいということですね!

浅川だいたいこの歳くらいになると、みんなそうなります。転々としますので(笑)。

梅田競馬場によって、野芝や洋芝、配合や種類が違いますよね。それぞれのところで、ご苦労はありましたか?

浅川そうですね。やはり気候が全然違いますし、北海道勤務時は雪国で生活したことがなかったので、管理のサイクルに慣れるのに少なくとも1年はかかる、というところでした。

梅田北海道だと芝の種類が違いますよね。

浅川気候にあわせて、ヨーロッパのような寒地型の洋芝になっています。

梅田やっぱり全然違うものなのでしょうか。育ちや扱い方なども。

浅川品種としてまるで違うので、考え方がだいぶ違いますね。

梅田それに比べて東京競馬場の芝は、扱いやすいなどはありますか。

浅川東京の芝生自体は、品種としては本州の他の競馬場と同じものになります。ありがたいことに東京競馬場はコースの幅が広くて、A、B、C、Dと4つのコースが取れるため、比較的、傷みが分散します。さらに、春と秋の気候の良いシーズンに開催時期を設定していただいているので、馬場管理の計画を立てやすいと思います。馬場担当者としては、そういった点は恵まれている競馬場だと思います。冬に開催がある競馬場では、芝の生育が弱い時期なので傷みも出やすいですし、そのタイミングで競馬を行うところと比べると、東京競馬場の方が管理しやすい面はあります。

梅田やっぱり冬の一番寒い時期に競馬で使えば、素人でも傷むのは分かります。「来週はGⅠなのに…」とか、なおさら育てている皆さんは、胃が痛くなるくらいの思いをされてますよね。

浅川例えば中山競馬場では、もちろん有馬記念の時もそうでしょうし、(秋から始まり春で終わる)管理サイクルで言うと、春は皐月賞が一番最後に来るので、そこの大一番へのプレッシャーはあると思います。

梅田そうですよね。夏の中京開催とかも、見ていると大変そうに思います。

浅川最近の猛暑では働くことが大変ですね。管理に携わって下さる皆様には、大変なご苦労があると思います。

意外と知られていないダートコースの奥深さ

梅田今は芝の含水率などを発表していますけど、(競馬ライターの)小島友実さんも芝に関する本を書かれたり、けっこう芝に興味を持っている方が多いように思います。そのあたりについてはいかがですか?

浅川純粋にありがたいことですね。競馬って一番が馬であり、それに関わる人であったりするなかで、馬場に関する部分は、それほど注目をされない舞台裏だと思います。ですので、そこを取り上げていただけるのはありがたいです。

梅田馬場については最近、ファンの皆さんも気にしていますし、中継のスタジオでも「馬場どうですか?」って話になります。馬場が傷んでいるのが分かっているから馬券が当たるかと言ったら、それは別で、それが分かれば本当はいいんでしょうけど(苦笑)。でも、予想の一つのファクターにはなるのかなと思って、気にして解説の方と話したりもします。ちなみに浅川さんは競馬はもともとお好きだったんですか?

浅川競馬自体は、たまにテレビで見るくらいのライトなファンでした。まさかそれが仕事になるとは思いませんでした(苦笑)。

梅田そこから今に至ったというわけですね。芝作りのスペシャリストになられて、「ローズガーデン」でバラも手がけられるようになって。ちなみに馬場造園課で頑張っていらっしゃることはございますか?実はこんなこともやっています、みたいなことなどありましたら教えていただきたいと思います。

浅川芝はもちろんのこと、バラなどの造園もやっております。あとはコースに関するところだと、ダートについての話があります。

梅田そうですよね!どうしても馬場造園課さんって言うと、芝ばかりのイメージがあって、ダートの砂の管理も手がけていらっしゃいますよね。すごくお仕事の範囲が広いと思います。最近は砂が足りないなんて聞きますけど、現状はどうなのでしょうか?

浅川今は世界的に砂の需要が多くて、物価高騰などもあって資材が思うように手に入りづらい流れがあるのですが、少しでも馬にとって良いコースになるように、いろいろと工夫してやっております。

梅田東京競馬場の砂というのは、どういう砂なのでしょうか?

浅川今は青森県産が75%で、愛知県産の砂が15%、あとオーストラリア産の砂が残り10%入っております。

梅田すごいですね。いろいろな砂を混合されているんですね。

浅川愛知県産やオーストラリア産の砂は、ガラスとか陶器の材料になる珪砂(けいさ)という砂です。

梅田“焼き物の砂”って、走るのにいいのでしょうか?

浅川粒が硬くて壊れにくいのが一番の特徴で、それがダートコースにも良いとされています。

梅田他の競馬場はどうなのでしょうか?

浅川全国的に多く使われているのは青森県の砂ですね。ベースはそれでできていて、そこに他の産地のものを混合しているところが多いです。

梅田あのコースの砂はJRAでは洗ったりもしているのですか?

浅川洗って使っております。毎年洗っていますね。

梅田ただ単に入れ替えるというわけではなくて、洗って再利用できるところは再利用していらっしゃるのですね。入れ替えるタイミングというのは、どういう時なのでしょうか?

浅川どうしても競馬が休みの時期ではないとできないので、東京競馬場では夏の時期になるのですが、砂を一度全部取って、ゴミを取り除き、砂の汚れも取り除いて、新しくきれいなものを足して元に戻します。

梅田砂を洗ったり、ゴミの分別をする機械もあるのですか?

浅川あります。洗濯機みたいなものです。だいぶ大きい物で、この東京競馬場の事務所2つ分くらいのスペースを使います。

梅田それは競馬専用に作られたものなのですか?

浅川もともとは建設工事の材料として使用される砕石や砂を作るための機械の技術を、競馬場用にアレンジして使っています。

梅田そういう技術が、競馬では砂を洗ったり入れ替えたりする時に活用されるのですね。すごいですね!砂を洗ったり入れ替えたりする作業は、どれくらい時間がかかるものなのでしょうか。

浅川丸2か月ですかね。ある程度、時間はかかります。砂の量で言うと、7000トン~8000トンくらいでしょうか。

梅田そうなると一年中休む暇がないですよね。競馬場の開催のない時って、何をしているのかなと思っていらっしゃる方もいるかと思います。もちろん開催のない時も土日はパークウインズをやっていらっしゃるので、全く休みというのがないのは分かってくださっていると思いますけど、表からは見えない仕事がいっぱいありますね。

浅川どの仕事でも一緒ですけど、もちろん目立たない部分の仕事もあると思います。

梅田馬場造園課で働かれるようになって、びっくりされたことってありますか?

浅川う~ん、実際にレースに直接携わることでしょうか。それまではテレビだったり、競馬を見に行ったとしてもファンエリアから見る立場だったので、それが自分が中に入ってやるようになると、同僚がテレビなどに映っているのを見ると、びっくりではないですが不思議な感じになりますね。

梅田いえいえ、浅川さんもそっち側の方ですから(笑)。でも、そうですよね。改めて皆さんにアピールしたいことはございますか。

浅川これから日本ダービーをはじめ見応えのある開催が始まります。ローズガーデンのバラも見頃を迎えますし、4月下旬から5月にかけては、平日にローズガーデンを開放する日もありますので、ぜひ東京競馬場にお越しいただいて、お楽しみいただければと思います。

※写真は4月、開花前のローズガーデンの様子。

(構成:スポーツ報知 坂本達洋、Photograher:山口比佐夫)

梅田 陽子
セントフォース所属。学習院女子大在学中より、日本テレビ「きょうの出来事」お天気キャスターとしてデビュー。2006年よりグリーンチャンネルキャスターとして、中央、地方競馬に携わっている。情報、スポーツ番組MC・リポーター、イベントMCとして活動中。馬とお酒と音楽(ピアノとチェンバロとパイプオルガンの演奏をします)が好き。

吉田 俊介
1974年北海道出身。(有)サンデーレーシングの代表で、ノーザンファームの副代表。中山馬主協会理事(広報インタビュー担当)。

※この記事は 2026年5月9日 に公開されました。

×