02. だからこそ生産者、馬を預けている馬主さんも真剣
種付けシーズンで奮闘する種牡馬とスタッフたち
梅田そうですよね。あと、種牡馬の一日って、シーズンとシーズンではない時にどんな生活をしているのか教えていただけますでしょうか。
遠藤種付けシーズンはおおむね2月10日から7月10日までということで約5か月間ですね。最大で1日3回の種付け業務をしております。朝9時、昼1時、夕方5時ということで行います。
梅田それは、それぞれ違う牝馬3頭ということですか?
遠藤はい、違う牝馬3頭ですね。
梅田1日に3回となると、種牡馬自身もスタッフさんも大変ですね。
遠藤大変は大変ですけど、そこはオスなので生殖本能がありますからね。シーズンで多い馬で200頭を超えることもありますが、壮年期の馬であれば100頭はこなせる気力、体力はあります。ただ、発情期があって、種付けをして、その繁殖牝馬が妊娠していれば発情を起こさないんですが、受胎しなければ、また3週間後に発情がくるので、またそこで種付けをすることになります。シーズンに3、4回通う繁殖牝馬も出てくるんですよね。100頭の繁殖牝馬に人工授精のようにやれば、かなり相当な率で受胎すると思うんですけど、馬の場合は自然交配なので、結局はシーズンで100頭の繁殖牝馬にざっくり150〜160回の種付けをするような計算になります。そのうち8割が受胎してというのが平均的なところです。また種付け100頭のうち受胎した牝馬が80頭として、翌年に産まれるのは、途中で残念なことに流産や死産もありますので、生産数は70頭弱ぐらいになります。そういう意味では、そんなに“歩留まり”のいい「家畜」でもありません。だからこそ生産者さん、馬を預けている馬主さんも真剣ですし、私どもとしても現場で心がけることは、健康な種馬を、しっかりとマウントさせて、しっかりとフィニッシュまでいって、誰が見てもちゃんと子種を出したよ、ということが分かるような種付けをして、皆さんに「いい種付けだったね」「ありがとう」と言ってもらえて、無事に受胎させることが最大の仕事です。翌年に産駒がちゃんと産まれて、順調に育ち、競馬まで無事にデビューすればいいなといつも思っています。その種付け数が朝、昼、晩、1日最大で3回。ハイシーズンの場合は、多頭数交配の場合は「3回使い」が続くことがあります。
梅田何日くらい続くのですか?
遠藤馬によって違いますが、うちで去年に一番多く付けたのが、三木正浩オーナー所有のジャスティンミラノです。202頭をこなしてくれまして、馬も若くて心配だったんですけど、健康で精力もあって無事にこなしましたが、それでもシーズン中に「3回使い」が何日も続くと、馬もくたびれてきますので、そのあたりは加減しながら半日休ませるとか、体調に気を配りながら馬を管理しています。馬も仕事というか、生殖行為とは言え、飽きがきたり疲れたりもしますので、ケアしたり励ましたりしながらやっています。
梅田素朴な疑問ですが、馬というのは人工で種付けするのはNGで、必ず自然交配でとサラブレッドは決まっているのでしょうか?
遠藤明確な根拠の法律のことはちょっとすぐには分からないですが、言えることは、他の牛、豚と違って、たくさんの肉をつくればいい、子牛や子豚を作ればいい、ということではないのです。やっぱり生産頭数がある程度限られたなかでの競馬産業ということと、種馬の価値を守るという点も間違いなくあるはずです。
梅田何か不正があってもいけないという話を耳にしたことがありますし、やっぱり自然で交配させるというのが、あくまで守られているわけですね。
遠藤繁殖牝馬の数は今、1万頭は超えていますけど、日本での実際の生産数は8,000頭なので、人工授精が可能だとしたら、言っては何ですけど、チャンピオンサイアーの子を1,000頭生産するということは可能でしょう。でも、そうなると血統の偏りが起き、遺伝的なところも多様性に欠けて、また種牡馬の価値が下がってしまうことにもなるでしょうね。自然交配によって最大限の種付料収入を得ながらも、最大限たくさんの産駒をつくって、限られた枠のなかでの生産頭数というのが、健全な生産界の決めごとなんだろうなと思います。さすがに500頭、1,000頭と同じ馬の子が出てきたら、セリに出ても全部が高く売れるわけじゃなくなる。そういうことにもなりますよね。
オフシーズンの種牡馬はのんびりと英気を養う日々
梅田お仕事シーズンは2月から7月まで、多い時は1日3回の仕事をこなしていって、牝馬の馬運車が毎日、毎日来るのでしょうけど、そうではない時の種牡馬はどのように過ごしているのでしょうか?
遠藤基本的には健康に飼養管理することですから、ハイシーズンの種付けシーズンが終わってオフになると、朝5時に放牧地に1頭1頭が出て、そこで5時から昼の1時くらいまで放牧をして、しっかりと青草を食べて英気を養って、あとは飼い葉も与えながらですけど、健康な体をそのまま養いながら、来シーズンに備えることになります。
梅田それでは日中は放牧して、のんびりと過ごしているのですね。
遠藤のんびりしていますよね。ただ、最近は日高も暑くなってきたので、昼前に放牧から帰らせることも多いと現場からも聞いています。例えば、以前は午後1時、2時まで放していましたけど、今だと10時ぐらいに戻して真夏の日差しを避けるとか、そういったことに気をつけるようになったのは、ここ数年ですね。日高は海沿いですし、札幌ほど暑くはならないのですけど、うちでも夏負けするような馬が出るようにはなっています。
梅田そうですか。北海道の気候も変わってきていますからね。ちなみに種牡馬はどんな物を食べているのですか?オフシーズンとハイシーズンでは、工夫して変えたりするのでしょうか。
遠藤基本的にはチモシー、配合飼料とかエン麦とか塩とかをあげていますが、どちらかと言うと甘い物が好きとは聞いているんですけど、別段そんなに添加剤を入れているわけでもなく、必要な栄養が取れる自然の素材を与えていますね。配合飼料のなかにミネラルとか、諸々入っていますし、精子を作るのにあたって必要な物質も含まれているようですから。ハイシーズンは、燕麦や配合飼料、オイルの量を増やし、十分なカロリーが取れるようにはしています。
梅田私も疲れると滋養強壮剤をガンガン飲んで仕事をするんですけど、さすがに種牡馬たちもハイシーズンは、そういう物を飲んで頑張っているのかなと思ってしまいました(笑)。
たまたまスポーツ紙で目にした「三冠馬対決」が運命の転機に
梅田ちょっとここでお話を変えて、遠藤さんが今のお仕事に至るまで、ご出身地や馬との出会いなどについても教えていただいてもよろしいですか?
遠藤出身は宮城県の仙台です。今は62歳で、学生時代は40年前になるんですが、横浜の大学に行っていましたが、全然勉強しなかったんですね。もともと生物は好きでした。それでアルバイトとかいろいろとやっていたなかで、競馬に行き着いたんです。鎌倉に学生寮があって、横浜の大学に電車で通ったりしている時、電車の網棚にスポーツ紙があったんですね。それを拾って読んでいたら、「三冠馬対決!」と書いてあると。何かな?と思ったら、ジャパンCでシンボリルドルフとミスターシービーが激突すると。その時に「三冠馬って何だろう?」って思ったわけなんですよね。野球の三冠だったら知っているけど、競馬の三冠って分からんな?って。それで今でこそ笑えますけど、「現代用語の基礎知識」という本があって、大川慶次郎さんが競馬欄の担当者でした。それで調べたら「イギリスに範を取って、皐月賞、日本ダービー、菊花賞のことを言う」と書いてあるわけですよ。それでその興味はそこで終わったんですが、次の日にまた網棚の新聞を取ったら、「三冠馬じゃなくてカツラギエースが勝った」と書いてあったわけなんですよ。「え?三冠の馬が2頭とも負けて、カツラギなんとかが勝つなんて、競馬ってどうなんだろう」と思ったのが、競馬に興味を持ったきっかけです。そしてテレビで初めて見た競馬は、その暮れの有馬記念で、シンボリルドルフ1着、カツラギエース2着、ミスターシービー3着で、それを見てはまっちゃいました(笑)。
梅田20代の遠藤青年が、そこをきっかけにですね!
遠藤21か22歳の頃ですね。もうシンボリルドルフが大好きで、本当は実馬を見に行きたいと思ったこともありますが、残念ながら競馬場で見ることがかなわずに引退してしまいました。それでそうこうしているうちに大学を卒業できないまま大学5年生になってしまいました。それでどうしようかと思った時に雑誌の優駿などを読んでいるうちに、競馬学校があるとか、そのためには牧場の経験があった方がいい、とかいう情報を目にしてですね、先々に何をするとも決まっていないし、普通の会社員になれるとも思っていなかったので、シンボリ牧場さんを訪ねて面接に行ったんですよね。
梅田シンボリルドルフがお好きでしたから、そういうことになったんですか!シンボリ牧場へ行こうと!
遠藤そうです。当時の場長さんだった畠山場長が富川駅まで迎えに来てくれて、2月の真冬の時期だったんです。それで牧場に行くのかなと車に乗ったら、畠山さんが連れて行ってくれたのが、当時小さなお店のようなサラブレッドブリーダーズクラブの事務所だったんです。そこで上司の今泉玄(しずか)部長、後の常務とお会いしました。畠山さんから後で聞いた話では、「大学まで行っている若者が、牧場の従業員をやろうと思っても、たぶん務まらないだろう」と。その通りだな、と今にしては思うんですけど、そうしたらたまたまシンボリ牧場の近くにある、まだ会社ができて日の浅かったサラブレッドブリーダーズクラブで社員を募集しているというので、そこに入らせていただくことになりました。自分も最初はシンボリ牧場で働くつもりだったんですけど、「うちにこないか」と言われて、トントン拍子に流れに乗っちゃって「行きます」となったのが、この業界に入ったきっかけです。
梅田じゃあ遠藤さんは、シンボリ牧場さんを訪ねて行ったのがきっかけで今の会社にいらっしゃるわけですか。きっとご両親もびっくりされたんじゃないですか?
遠藤僕は親不孝だから、このことに振られると何とも言えなくなってしまうんですけど、「大学を中退する」と言った時には、電話に出たのは母親でしたけど、父が夕食を取っているところで箸を落としてしまって、ご飯を食べるのをやめてしまったそうです。決して裕福な家庭でもないのに、大学に行かせてくれて、勉強をしていると思いきや、さっぱり勉強もしないで、しまいには何を言うかと思ったら大学をやめて北海道に行くとか訳の分からないことを言っているから、本当にガッカリしたと思います。自分も今、3人の子供の親となって、あの時の親の気持ちはすんごい分かりますね(苦笑)。
自身が携わった「ブラックタイド系」が枝葉を広げていく夢
梅田てっきり、こういうお仕事をされているので、遠藤さんが馬産地のご出身でいらっしゃるのかなと思っていたんですけど、そういうご経歴があって1人で単身北海道に乗り込んで、こうやって道を広げて、今や皆さんが信頼されるお立場になられたのですね。
遠藤人生を振り返ってみると、いろいろとありましたし、うちの上司の今泉常務は大変厳しい人でしたので、そういう意味ではすごくしごかれて育てられたというのはあったと思います。くじけてやめそうになったことはないとは言えないんですが、その時に思ったのは、「えらそうなことを言って勝手に北海道に飛び出していって、やっぱり行ってみて大変だったわと言ってやめるのは、ちょっとさすがに…」と思いました。そういう意味で言うと、退路を断った感はあったので、とにかくとことん頑張ってみようということでした。自分自身そんなに器用なタイプでもないので、なかなか伸びない男だと思うところはありました。ただ、長く勤めるなかで、少しずつ知識を蓄えて、徐々に物事の道理も分かり、ある意味小さい会社ですので、いろんな意味でいろんな経験ができました。経理だけできてもダメ、営業だけできてもダメ、何でもできなきゃいけない。この仕事をやっているといつも思うんですが、うちは種馬を預からせていただいて、種馬を基点にして仕事にしています。結局は種馬を通じて人とお会いして、人とコミュニケーションを取りながらビジネスにつなげる一方で、人と人とのやり取りのなかで信頼関係を築いたり、諸々のいろんなつながりを持たせていただいているという意味で言うと、本当にいい仕事だなと思うんです。例えばセレクトセールでいろんなお手伝いをしています。気が付いたらブラックタイドとかラブリーデイとかを預からせていただいて、金子真人オーナーに名前を覚えていただいたりとか、普通の会社員だったら、とてもお会いできないような方々とお知り合いになれたり、吉田照哉さん、吉田勝己さん、下河辺行雄さんといった方々と仕事を通じていろんなお話もできたり、お手伝いもできたりするということは、ある意味、これは馬の世界だからできる最高の贅沢なんだろうな、といつも思います。
梅田馬がいろんな人間関係を作ってくれて、素敵な出会いやつながりになることがありますよね。
遠藤ですから、そこに身を置かせていただいているというのは、本当にありがたいことだなと思います。うちの会社はいい意味で行雄社長が「基本的なところはお前に任せたから、しっかりやれよ」というスタンスなので、会社の業務を間違えず遂行し、しっかりと利益も出さないといけないし、社員にしっかりとした給料を払わないといけないし、そういうところを心がけながら日々やらせていただいています。ある意味、緊張感もあるし、夢の中でも仕事をしていることがあります(笑)が、責任を持ってしっかりやらないといけないと思っています。
梅田遠藤さんがこれからやりたいこと、目指していることなどはございますか?
遠藤新種牡馬ソールオリエンスにも関わっているのですけど、雑誌の優駿で見たのか、初めて「ブラックタイド系」という言葉が出てきて、ブラックタイドからキタサンブラックが産まれ、キタサンブラックからイクイノックスやソールオリエンスなど、父系がどんどんつながってきています。キタサンブラックが起点になっているとは言え、その父のブラックタイドがキタサンブラックを送り出したことで、そこから父方の系統がつながってきて、今は3代になりました。その先はイクイノックスなどが超ド級の繁殖牝馬に付けるなかで大きな枝葉を広げていくと思います。自分が仕事をしている間に関わった馬が父方の系統を築いて、自分が入社した頃は「ノーザンダンサー系」や「ネアルコ系」などが思い浮かびますが、種牡馬の世界のなかでサンデーサイレンスから枝分かれしたなかで「ブラックタイド系」が、さらに大きく伸びて広がっていくのは、ある意味で信じられないような気がします。そういう言葉ができたことは種馬をやってきてよかったと思っています。
梅田この上ない喜びですよね。さらにそれが広がっていくといいですよね。
遠藤ブラックタイドも完全引退ではないんですが、年に4、5頭の種付けをして、今年も3頭ほど子供が産まれるはずです。まだまだ馬が若くて、後肢の踏み込みも深く、なおかつ人を睥睨(へいげい)するというか、すごく気合が入っていておっかない馬なんですよね。でも、あれがブラックタイドの本当の良さだと思いますし、いまだに気性のきつさとかは25歳とは思えません。同期のダイワメジャーは亡くなりましたけど、まだ幸いにして病気知らずで元気でいますので、アフリートと同様に長生きをして、子、孫、ひ孫まで見届けてほしいなと思っています。とにかくひそかな自負としては「ブラックタイド系」が伸びていったことがうれしいですし、種馬の世界もうちはいろんな方にお世話になっている一方で、やっぱりうちのスタリオンからリーディングサイアー級の馬が出てきたら、この上ない喜びなので、そういう夢を見ながら、皆さんに喜んでいただけるような仕事をしていきたいと思います。
梅田ありがとうございます。今日は大変たくさんのお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。
(構成:スポーツ報知 坂本達洋)

梅田 陽子
セントフォース所属。学習院女子大在学中より、日本テレビ「きょうの出来事」お天気キャスターとしてデビュー。2006年よりグリーンチャンネルキャスターとして、中央、地方競馬に携わっている。情報、スポーツ番組MC・リポーター、イベントMCとして活動中。馬とお酒と音楽(ピアノとチェンバロとパイプオルガンの演奏をします)が好き。

吉田 俊介
1974年北海道出身。(有)サンデーレーシングの代表で、ノーザンファームの副代表。中山馬主協会理事(広報インタビュー担当)。