02. 最近は外国のメディアの方たちが、日本馬に注目する度合いがすごく大きい
海外競馬を縁の下から支えて
梅田そうなんですね。また「リージェント」でのお仕事についてもうかがいます。今ではこれだけ海外のレースが多くなりましたから、活躍する場も多くなりますよね。
関ほぼほぼ合田(海外競馬評論家、合田直弘氏)がやっていますけど、私も日本の馬が海外に遠征する時に香港と、今だとサウジアラビアとアメリカに声がかかった時は行かせてもらっています。オーストラリアやヨーロッパは行っていないですが、香港は長いですね。私が最初に行ったのは2002年4月にエイシンプレストンがクイーンエリザベス2世Cを勝った時ですね。アグネスデジタルが2着でした。その時から毎年、香港には行かせていただいております。
梅田海外の競馬と日本の競馬の違いを麻里子さんは一番、ご存じだと思うんですけど、そのあたりについてはいかがですか。
関競馬ファンが熱いのはどの国も一緒ですが、香港の場合は特に年齢層が幅広いですね。子供は競馬場に入れないんですけど、馬券大好きなおじちゃん、おばちゃんが多いです。また去年初めてブリーダーズCでアメリカに行かせていただいて、その時もやっぱり熱狂的なファンの方が多いと感じました。それはどこも共通していますよね。サウジアラビアは王族主催なので熱狂とはちょっと違いますけど。
梅田最近は日本馬がこれだけ活躍するようになって、変わってきたと変化を感じることもありますか。
関今までと比べて、日本馬への外国のメディアの注目度がすごく変わったなと感じます。注目する度合いがすごく大きくなりました、毎回思います。やっぱり日本馬がこれだけ活躍していますので、みなさん注目していますよね。「この馬どうだ?」とか聞かれます。
忘れられないドバイでの大金星
梅田今年も香港やサウジアラビアに行かれていたということですが、これまでに海外で印象に残った思い出などがあれば教えていただきたいです。
関そうですね。サウジアラビアに行く前はドバイにも行っていたんですけど、東日本大震災があった2011年にドバイ・ワールドCでヴィクトワールピサが勝った時というのは、やっぱりいつも以上に感慨深いレースでしたよね。皆さんがそうだったと思うんですけど、厩舎関係者のなかでも家族が被災していた方もいましたからね。実は私がドバイに出発する日の朝にも別の大きな地震が起きてしまい、うちの乗馬クラブの馬が1頭ケガをして亡くなってしまったんです。通常の競馬だけでなく、被災からの復興、そのような側面もあったので、特に様々な思いがあったレースでしたね。
梅田その時は麻里子さんも正直、日本から出るか悩みましたか?
関悩みましたね…。正直、悩みました。だけど、行って海外へ向けて何かを伝えるのも自分の役割と思いましたので。実際いろんな国の方が日本のことを心配してくださって、ヴィクトワールピサが勝った時も、日本人だけじゃなくて他の国の方々も喜んでくれていたので、今までと違う雰囲気がありましたね。行って良かったと思います。
梅田私もその当時に見ていた印象だと、“オールジャパン”な感じで挑んでいる感じでしたね。
関皆さんがロゴ(日の丸とHOPEの文字)が入ったポロシャツを着て仕事をされていましたね。あの時は本当に全員が日本のために一丸となって頑張っていて、海外の関係者の方々にも賞賛されていました。数年後のコロナの時などは、違う意味で印象に残っていますね(苦笑い)。これは今だから笑い話になりますけど、出国自体が大変な時期で、出国の手続きでどれだけ大変な思いをしたか…。
梅田具体的に何が大変でしたか。
関出発直前までビザが発行されなかったんです。ドバイに行くにあたって特別なビザが発行されます、と言われていたんですけど、出発当日に成田空港にいかないと発行されるか分かりませんと言われて、そんなことある?って。出国できないかもしれないけど空港に行って、なんとかOKで、なんとか出発できてドバイに着いて、ホテルに入って自分の荷ほどきして、やっとひと息ついていたら厩舎関係者の方から「中止やで」と言われてしまった。「なんですとー!」って感じで(苦笑い)。
梅田馬たちが行ったのに、中止になった年がありましたよね。
関それこそ、厩舎の方々は成田空港でチェックインして(出国)搭乗口に行ったら中止という連絡が入って、そのまま引き返したという話も聞きました。当時は、帰国したら隔離のホテルで3日間過ごして、あの時は大変でしたね。みなさん、同じ思いをしていたと思いますが。
梅田麻里子さんはドバイでメイダン競馬場だけじゃなくて、ナドアルシバ競馬場でやっていた頃も行かれた経験があるのですか?
関確か、私はナドアルシバは1回だけなんですよね。最後の年に初めて行って、その後はメイダンですね。今はコロナが明けてからドバイには行っていなくて、サウジアラビアの方に行くようになっています。
世界で存在感を増す日本馬
梅田サウジアラビアも日本馬が毎年活躍していますからね。
関遠征する頭数がすごく増えましたからね。いつも1人で全ての日本の馬の担当をしていたんですけど、最近は頭数が多くなってしまったので、他の日本人の方と一緒に仕事をしています。私はサウジ主催者のメディアチームとしての仕事をしていて、そのなかで日本馬のプレスリリースを担当しているんです。毎日の調教内容や関係者のコメントを英訳して、それを主催者に伝えます。日本馬や日本の競馬関係者に関する記事も英文で作成していて、それが主催者の日々のプレスリリースとなっています。
梅田通訳業務だけじゃなくて、関係者から聞いたことをあちらの言葉に変えて出さなきゃいけないという細かい仕事もあるんですね。あと他にどんなことがあったりするんですか。
関主な仕事は前述の毎日の英文リリースの作成と、海外メディアの方が「あの人にインタビューしたい」とか要望がある時に通訳したりとか、公式の会見の通訳、レース後の勝利者インタビューの通訳がメインですね。
梅田そういったお仕事をする際に心がけているってことありますか。いろいろ国によってルールとかも違うと思うんですが。
関そうですね。私は主催者側の人間として動いているので、あれこれやりなさいと言われてその通りにやっている感じですが、香港は国民性的に日本人が働きやすい国と私は勝手に思っています。あくまで競馬に関しての話ですけど、いろいろとオーガナイズされていて働きやすいです。サウジアラビアについても、今年が6回目でしたけど、今年が一番スムーズに行えたかなと思います。
梅田アメリカはどうですか?
関アメリカはメディア通訳としていくのは去年が初めてだったんです。今年も行くことになると思います。去年はインタビューの段取りも任された形で、私も初めての経験だったので手探りでした。もし、今年も行くことになるのなら、そのあたりをもっと改善できるかなと思っています。頭数も多いし、人の数も多いので。それに香港やサウジアラビアと違って、ブリーダーズCは週中の公式会見をやらないんですよ。独自にアポをとって取材して、みたいな感じなので。日本の関係者の方にインタビューをしたいというメディアの方がすごく多いので、それをいちいち段取りを取っていたら回らないので、そのへんはうまく自分がまとめられたら、もっといい形にできるかなというのはあります。
一番の願いは馬たちの幸せ
梅田毎年、いろんなことを改善しながらやっていらっしゃるんですね。いつもどこの国に行っても変わらずに仕事をこなしていっていることは、すごいなと思っています。麻里子さんは日本に帰って来たら、普通に乗馬クラブで働いている絵が(インスタグラムの)ストーリーズが流れてきますもんね。
関帰って来たら、そのままお馬さんの餌をつけています(笑い)。
梅田普段と仕事の切り替えや、ご自身の性格はどうみてらっしゃいますか。
関う~ん、ずっとこういう生活なので勝手に切り替わっているんですかね。性格も、あんまり気にしないというか、あまり考えてないのかな。よく、ボーっとしていると言われるので。
梅田いえいえ。でも、すごく楽しんで毎日過ごされているんだろうなって。
関馬と一緒にいるということは、とても楽しいことですよね。それが自分の活力にもなっているんだと思います。趣味は何なのとたまに聞かれますけど、「馬?」みたいな。そのへんは関係なくやっている感じですね。
梅田最後にこれからの目標とか、こういうふうにやっていけたらみたいな今後に向けたお話も伺わせてください。
関競馬のお仕事に関しては、引き続き与えてくださった海外の仕事も頑張っていきたいですし、会社の仕事も合田が1人で頑張っているので、お手伝いできればと思います。乗馬クラブの仕事に関しては、馬たちがずっと幸せに長く生きられるような環境を与えてあげたいなというその気持ちで毎日やっているので、それをずっと続いていけたらと思います。
(構成:スポーツ報知 坂本達洋)

梅田 陽子
セントフォース所属。学習院女子大在学中より、日本テレビ「きょうの出来事」お天気キャスターとしてデビュー。2006年よりグリーンチャンネルキャスターとして、中央、地方競馬に携わっている。情報、スポーツ番組MC・リポーター、イベントMCとして活動中。馬とお酒と音楽(ピアノとチェンバロとパイプオルガンの演奏をします)が好き。

吉田 俊介
1974年北海道出身。(有)サンデーレーシングの代表で、ノーザンファームの副代表。中山馬主協会理事(広報インタビュー担当)。