きょうの蹄音 競馬にまつわるちょっといい話

中山を彩った名馬たち【46】イーグルカフェ
2002年11月23日 第3回ジャパンカップダート

11月16日は、木村 哲也 調教師の誕生日です。誕生日おめでとうございます!
ジャパンカップと並ぶ、ダートの国際競走を――
こんなスローガンで、2000年11月25日に、東京競馬場ダート2100mを舞台に新しい歴史の幕を開けたジャパンカップダート。GIレースとしての歴史はまだ浅いが、実に大きな変転を繰り返してきた。
まずは、レース名。2014年に、ジャパンカップダートからチャンピオンズカップに変更。これにともない、国際招待競走から“招待”の二文字がなくなった。施行する競馬場も、2007年から阪神ダート1800mへ。さらに現在は、中京競馬場ダート1800mで行われている。
次に施行日。第1回から4回までは、ジャパンカップの前日。第5回は同日開催となったが、第8回までは元通り、ジャパンカップの前日。さらに第9回からは、ジャパンカップの次の週に繰下げとなっている。

東京から阪神、そして中京へ――。
この変遷する歴史の中で、ただ一度、中山ダート1800mのコースで行われたのが、2002年の第3回のレースだ。東京競馬場改修のためとはいえ、発表当時、
――えっ!? 中山のダート1800で!?
と、驚いた人も数多くいた。
「中山だけに、スマートボーイの逃げ切りがあるかも!?」「いやいや、やっぱり、前年の覇者、ゴールドアリュールでしょう?」「JBCクララシックで古馬を圧倒したアドマイヤドンも強いよ」……レース前から、喧々諤々。コースが変わるだけで、これほど盛り上がるとは、JRAにとっては嬉しい誤算だったに違いない。
しかし――――。
レースは思わぬ展開を見せた。最後の直線を迎えて、先頭に立ったのはゴールドアリュール。そこに、2強の一角、アドマイヤドンが迫る。
――このまま、2頭で決まるのか!?
そこへ猛然と突っ込んできたのが、神とまで崇められる世界のフランキー、ランフランコ・デットーリに導かれた5番人気のイーグルカフェだった。一完歩ごとに差を詰め、並ぶ間もなく2頭を交わすと、そのままゴールへ。3歳時に掴んだ芝のGI、NHKマイルCに続く、2つ目の勲章をその掌中に収めた――。

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